前回、前々回のランサーズ日記で書かせて頂きましたように、今回のYMCAの企画は私達ランサーズのメンバーにとって、いつまでも忘れられないものとなりました。
とりわけ、私にとっては、生涯、決して忘れることのない大切なYMCAとなりました。
私には、中学3年生の娘と小学6年生の息子がおります。
ふたりとも、私のおなかの中にいた時から、私と一緒にランサーズの練習に参加をしていました。生まれてきてからも、寝たきりの赤ちゃんの時には、ベビーキャリーに入れられて、少し大きくなった時には、私の背中にくくりつけられて、ずっと、私と一緒にランサーズの成長を見守ってくれていました。
第18話で書かせて頂きましたとおり、部活動の顧問をするということは肉体的、精神的な負担が大きく、時として、家族を犠牲にしなければならないことがあります。私もランサーズの大会出場やイベント出場の時には、いつも、子供達に留守番をさせていました。
朝、子供達が、まだ寝ているうちにでかけるので、朝食と昼食は作って用意しておきます。
父親のいない家庭なものですから、ふたりだけで食べなければなりません。さらに、大会や大きなイベントの前には、仕上がり具合によっては、練習が1日中となることがあります。夕食は母親と一緒に食べられると思っていた子供達の期待を裏切り、自分達でコンビニに買いに行かせたこともありました。本当に、ひどい母親だったと思います。
子供達が学校から帰ってきた時、家には誰もいません。
でも、そのことを寂しいと思わせないために、家に帰ってきた時には必ず、「ただいま」と言うようにさせてきました。
その声に「お帰りなさい」と答えてくれる人はもちろんいないのですけれど。
「ただいま、って大きな声で言ってくれるとね、学校にいるママの耳にも聞こえてくるのよ。」
子供達がいくつ位の時だったでしょうか、私は練習で帰りが遅くなり、クタクタになって家に着きました。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
普段は走って迎え出てくれるふたりが、姿を見せません。
そっと、部屋をのぞいてみると、ふたりで、一生懸命に洗濯物をたたんでいるのです。小さな手で、一生懸命に…。
「ママ、もう部活、やめるからね。早くおうちに帰ってくるからね。」
胸を締め付けられる思いにかられて、声をかけると、子供たちは私の想像に反して笑顔で答えてくれました。
「ううん。踊っているママ、かっこいいよ。やめちゃだめだよ。」
1月2日、息子が、観戦に来ていました。
「ママと一緒に、踊って!」
恥ずかしがりやの息子は、もちろん嫌がりました。
「来年の今ころ、ママはもう踊れないかもしれないのよ!」
普段の練習の後の、そして本番で踊った後の、私の疲労困憊ぶりをいつも見てきた息子・生死にかかわる大きな病気をしたことを知っている息子は、その言葉に「はっ」と表情を変えました。
YMCAの曲が流れ始めました。私は息子の手を取って、走り出しました。
久しぶりに、息子と手をつないで走りました。最後に一緒に走ったのは、確か、幼稚園の頃。小さくて柔らかかった、息子の手は、私が気づかない間に、ずっと大きく、そして、ごつごつと男の子らしくなっていました。私は、息子の手をぎゅっと強く握り締めました。息子も、おなじくらい強く握り返してくれました。
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