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第32話 『得意なこと、不得意なこと』
「先生が始めてだよ!」
私が勤務している茅ヶ崎高校の2年生のある男子生徒がうれしそうに言いました。
何か特別な、すごいことをしてあげたわけではありません。試験を返す時に、高い得点をとったその子の名前と点数を、みんなの前で言っただけです。 

  私は、試験をやって答案用紙を返却する時、高得点を取った生徒に対しては「よく頑張った」と、その努力を褒め称える意味で、必ず、その名前と点数を言っています。でも、それがそれほどめずらしいことだとは思っていませんでした。でも家に帰り、娘に聞いてみると、娘の通う中学校では、そのようなことをされる先生はおひとりもいらっしゃらないとのこと。私は驚いてしまいました。

  確かに、今は人権問題とかプライバシーの保護とか、そのようなことが声高に言われ、個人の情報に関することはできるだけ、公にしないようにという風潮があります。 また教育現場では個性尊重が叫ばれ、成績などに関する情報も必要な場合以外、ほとんど口にすることはありません。

  人にはそれぞれ、得意なこと、不得意なことがあると思います。オールラウンドに全てのことに高い能力を有している人なんて(確かに、そのような人はいますけれど、人数はごくわずかだと思います) そう、いるわけではないのではないでしょうか。得意なこともあるけれど、不得意なことがあってはじめて人間らしいような気がするのですけれど。
 
小学生のとき、私のクラスにやんちゃ坊主がいました。女の子のスカートめくり(今では、そんなことはやっていないのでしょうか)が得意(?)で、いつも先生に怒られていました。 算数が大の苦手らしく、算数の授業のときには、いつも、頭をかきむしり、うなりながら問題を解いていました。机の前に座っていることが嫌いで、授業中は、つまらなそうに、ただ静かにしていました。でも、彼は抜群の運動神経の持ち主。体育の授業では、いつでも、模範演技をし、野球をやっても、サッカーをやっても、いつでもチームの要。大活躍をしていました。運動会の徒競走の時などは、彼はまさにスーパースター。彼の独壇場でした。今、私のこのコラムを読んでくださっている方々の中には「そうそう、そんな子がいた」と思わず口元がほころんだ方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 最近、公立の小学校では、運動会で徒競走をしないのだと、小学校の教師をしている友人から聞いたことがあります。足の遅い子の人権擁護のためだとか―――。

私は、走るのが大の苦手で、クラスの中では、いつでもびりでした。運動会の前日は、翌日の徒競走のことを考えただけで、憂鬱になったものです。でも、それだからといって学校に行きたくないと思ったことはありませんでした。徒競走や体育の授業で活躍をすることはできなくても、ちゃんと自分の活躍できる場所や場面があったからだと思います。
  世の中には、自分の努力だけではどうにもならないことがある、という、残酷な、だけど、絶対に認めなければならない真実を、私たちは小学校時代のそんな何気ない日々の生活の中で自然に学んでいたのではないでしょうか?  

 これから果てしない未来が広がるはずであった若い女性が殺される、といういたましい 事件が起き、その犯人の言い分を聞いた時は、憤りの気持ちを飛びこえ、あきれ果ててしまいました。

「彼女を、偶然見かけて好きになった。彼女とつきあいたかったけれど、なかなか声がかけられなかった。自分のものにしたくて殺した。」
でも、彼は、彼女を殺す前に、彼女に声をかけたことも、何らかの手段を使って、自分の気持ちを伝えたこともなかったそうです。

  「人の気持ちは、自分がどんなに望んでも、自分の思いどおりにはならない」、
という単純な真実を彼は認識していなかったのです。

 学習したことの習熟度を確認するために、学習した範囲の中から、ある特定の範囲を指定して出題される学校の試験では、努力によって、いくらでも高得点を取ることができます。高得点を取った生徒はそれなりに努力をし、頑張ったのだと思います。その努力を相当に認めてやり、他の生徒達の前で、名前を出して褒めてやることは、人権問題に関わることなのでしょうか?私はしみじみと考えてしまいました。
 
<2005-03-28>
 
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