5月29日の東京競馬場、14万の大観衆の中、一頭の天馬がターフを駆け抜けました。
目の覚めるような末脚で2着の馬との間に5馬身の差をつけての大勝。予想どおりとはいえ、ナリタブライアン以来の3冠馬の期待のかかる大スターの誕生に、東京競馬場の観衆のみならず、テレビの前で、その記録的な大レースを見届けた多くの日本人が大きな興奮の渦に巻き込まれました。
ディープインパクト―――彼の名は、「平成の名馬」として後々までも、語り継がれることでしょう。
3月10日、日本中央競馬会で2943勝という最多勝記録を持つ、
現役最年長騎手「岡部幸雄さん」が引退を表明されました。
岡部さんは、1967年のデビュー以来、長く日本の競馬界をけん引されてきました。才能のある若い騎手が次々にデビューをし、競馬が一部の人たちのギャンブルという領域から脱し、幅広く様々な世代層にファンをふやし、国民的な娯楽となるまでずっと、日本の競馬界を支えてこられたような気がします。ファンが、みんな、それぞれにお気に入りの騎手を応援していても、若い女性ファンがビジュアル系の人気騎手に黄色い声援を送っていても、競馬ファンの心の中には、いつでも岡部さんの存在があったように思います。
体力の衰えを気力と騎乗技術でカバーしながら、若い騎手達と壮絶なレースをする岡部さんの姿には、いつも大きな勇気を頂いていました。
その岡部さんが引退――――競馬ファンでなくても、おそらく多くの日本人が寂しさを感じずにはいられなかったことと思います。
「一番、心に残っているのはシンボリルドルフ」
オグリキャップ・トウカイテイオー・タイキシャトル・シンボリクリスエスといった数々の名馬とのコンビで、幾多の名レースを展開された岡部さんでしたが、「印象的な馬は?」という質問に対して、こう答えられました。
実は、私にもシンボリルドルフにまつわる忘れられない思い出があります。
第2話で書きましたとおり、私は18歳の時に、ダンスチームに入りました。現在のようにプロのチアーのチームがほとんどなかった当時、私達のチームは、日本各地さまざまなスポーツシーンにおいて演技をさせて頂くことができました。メンバーになって、始めての大きな舞台が東京競馬場でした。
競馬というものに関する知識は全くありませんでした。「競馬=ギャンブル」という先入観があるだけで、正直、演技に対するのとはまた別の怖さを感じていました。
初めて競走馬を見ました。
輝くように光る肌・無駄な肉のない均整のとれた容姿・優しい大きな瞳―――その美しい生き物をまじかに見た瞬間の衝撃は今でも忘れられません。
ずっと馬達を見ている私に関係者の方が声をかけてくださいました。
「どの子が一番走る(早い)と思いますか?」
「あの子!」
その時までずっと見とれていた、1頭の馬を指差しました。
不思議なオーラのある美しい馬でした。そして何より、引き締まった後ろ足の筋肉のせりあがり方が実に見事で、他の馬とは違う何かを、素人の私でも感じることができたのでした。
「一番人気のある馬ですよ!」
その馬こそが、かのシンボリルドルフだったのです。
多くの人の夢を乗せて走るその姿にたくさんの喜びと興奮、そして元気をもらいました。
悲しいことや苦しいことがあって、逃げ出したくなった時にも、彼の姿を見ると、不思議な勇気がわいてきました。
私にとっての最高のチアリーダーがシンボリルドルフだったのです。 |