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第43話 『オーストラリア遠征(その1) ――― 演技直前の衝撃』
 「先生、負けちゃいました。」

 ランサーズの高校生メンバーKのこの言葉に、私は絶句してしまいました。
7月23日午後6時(日本時間では、同日の午後5時30分)の出来事でした。

  ランサーズの高校生は、その日、「ミスダンスドリルチーム世界大会」に出場をするため、オーストラリア・アデレード市にいました。大会はお昼前から始まったものの、茅ヶ崎高校ランサーズの演技予定時間は、夜の9時。メンバー達は、緊張と興奮の中で、長い午後の時間をすごしていました。

  審査員をしている私は大会の日には生徒達と離れ離れ。何も言ってやることができません。今までも、国内の数々の大会の折に、メンバー達は、上級生が下級生に声をかけ、励ましあい、うまく演技本番までの集中を高めてきました。特に今年は、名部長Eちゃんを始め、優秀な3年生を軸とした最高のチーム。メンバー達の仲の良さ、結束力は天下一品。気力・実力共に、今まで教えてきた、どの年のチームよりも優れていて、私自身、大きな自信をもって臨んだ世界大会でした。 とはいえ、生徒達にとっては、始めての海外遠征。いつもは明るい笑顔で私を安心させてくれる生徒達の顔が、その日ばかりは、朝から曇りがちでした。

  「いつもどおりやって!」
  生徒達を選手席に残し、ジャッジミーティングに向かう時、私は、こんな一言しか、かけてやることができませんでした。

  「演技をするのは生徒達。演技について言いたいことは日本で言ってきた。」
何度も自分自身に言い聞かせるものの、生徒達のことが気になって仕方がありません。 6時になって、休憩が入りました。私は、飛ぶようにして生徒達のところに向かいました。 そこで、真っ先に聞かされた言葉が、あの言葉だったのです。

  その日、日本では、茅ヶ崎高校野球部とサッカー部が、共に大切な試合に臨んでいました。3年生の担任をしている私にとっても、入学以来、見守り続けてきた生徒達の大事な一戦はとても気になるものでした。 野球部の子達にも、サッカー部の子達にも、 「先生、見に行かれなくてごめんね。でも、同じ時間に一生懸命応援しているからね。」 そう言い残して来ていたのでした。

  ランサーズのメンバー達も、サッカー部からもらった、たくさんの応援メッセージが書き込まれた折鶴、そして野球部マネージャーさん手作りの、野球部員達と同じお守りを、大切にオーストラリアまで持ってきていました。
 全国高校野球神奈川大会に出場していた野球部は、今大会公立高校屈指の右腕と言われたエースS君の力投、そしてチーム一丸となっての全員野球で、次々に強豪チームを破り、その日はベスト8をかけての5回戦。慶応高校との対戦を迎えていました。

  エースのS君は今年、そして、キャッチャーのI君は昨年、私は担任をしています。ナイスガイのK君、主将のM君、2番手投手のS君、私のクラスのムードメーカーM、やんちゃ坊主のTとH、いつも最高の笑顔で挨拶をしてくれるA君、そして誠実を絵に書いたようなS君‐‐‐野球部の3年生はみんな、私にとって大切なかわいい教え子達でした。遠く離れていても、子供達の顔はひとりひとり、鮮明に頭によぎります。 「落ち着いて。」「頑張れ!」

  ジャッジに集中しているつもりでいても、つい、子供達のことが思い出され、こんな言葉をつぶやいていました。
 春の選抜ベスト8の強豪校相手の善戦だったそうです。先制されるものの、追いついて、2対2で迎えた9回に、サヨナラ負け。

  生徒達の涙に濡れる顔が頭に浮かんできました。でも、みんなが泣いている中で、エースのS君だけは、きっと、一人、何事もなかったように平静を装っていたのではないでしょうか。

  オーストラリアに出発をする前日の19日。勝利の後の、S君に
「勝ったのに、なんで先生の所に来てくれないの? 寂しいじゃない!」 と、声をかけました。
「先生のところに行くのは、負けた時だよ。」

  そう言ってくれた彼の顔が思い出されました。 試合終了のその瞬間を私も見届けたかった。頑張った生徒達に心からの拍手を送りたかった。S君が約束どおり、(ご両親や、野球部の先生方、そして保護者会の皆さんの後に)もし私のところに来てくれたなら
「よく最後まで、投げぬいた。」 と、その右手を握り締め、心からねぎらってやりたかった。
私は、悲しくて、切なくて、声を上げて泣き出してしまいました。

  17人のメンバー全員が一緒に泣きました。 そして、その時に、ひとりひとりの心の中に同じ思いが固まったのでした。
「必ず、優勝する!」 と。
<2005-08-05>
 
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